「研修医とレジデントのための

身体所見のとり方」

虚血性心臓病のある患者

 

 

 天理よろづ相談所病院

循環器内科 伊賀幹二

 

 

 

循環器疾患の初期診断は、病歴・身体診察と補助手段である胸部レ線・心電図・断層心エコー図の5つの方法を用い、各々の限界を考慮しながら総合的に行う。各疾患により、上記5つの手段の重要度が異なる。

以下、虚血性心疾患に対する身体診察のポイントをあげ、身体診察における他の疾患との鑑別点について述べる。正確な身体所見をとること以外に、各心疾患の自然歴を熟知していなければ診断を下すことは難しい。

虚血性心臓病とは、左室壁運動の障害のない狭心症と、左室運動障害を有する急性または陳旧性心筋梗塞の総称であり、診察にて期待される異常所見はそのいずれかにより異なる。狭心症の診断は、ほとんどの例において病歴によりなされ、身体診察ではそれに反する所見がないかを検討する。

例えば、胸痛を呈する症例で、大きな収縮期雑音が聴取されれば、同様の症状を呈する可能性がある大動脈弁狭窄症や、閉塞性肥大型心筋症を鑑別診断に加える必要がある。なぜなら、狭心症に有効であるニトロ製剤は上記の2つの疾患では禁忌であるからである。また、大動脈弁閉鎖不全症においても、進行すれば胸痛を訴える可能性がある。解離性動脈瘤は急性心筋梗塞の鑑別として考慮すべき疾患である。有意と思われる心雑音が存在した場合、病歴と診察によりある程度の診断は可能であるが、自己勉強のためにもドプラを含む心エコー図を施行することが望ましい。

身体診察では、バイタルサインの記録・認識から始まる順序立てた診察を行う習慣をつけることが大切である(1)。過呼吸や頻脈があれば、それ自体ですでに呼吸不全か心不全を意味しており、必要事項のみを手早く診察し、診断と治療を平行に行わなければならない。

虚血性心疾患の一つの危険因子である高脂血症を表現している眼瞼の黄色腫やアキレス腱肥厚の有無、またルーチンの診察になるが、末梢動脈の触知の有無、頸部・腹部の血管雑音を評価する。内頸静脈の怒張、肝臓の腫大、腹水や下肢の浮腫も心不全の一つのサインとして重要である。肺野では心不全が生じるとcrackleが生じる。肺の聴診が正常であっても、胸部レ線では肺うっ血がみられることもあり、肺うっ血に対する感度は胸部レ線のほうが身体診察法より高い。

日常頻繁に用いる簡単な検査である胸部レ線・心電図を読影することによりこれら検査法の限界とともに、身体診察法の限界を認識することが大切である。

  1. 左室壁運動障害のない狭心症の患者

身体診察においては、前胸部では異常所見がないことが特徴であり、異常があれば胸痛を生じる他の疾患を考慮する。狭心症の診断の根拠は病歴であり、身体診察や心電図における異常所見の検出ではないことは何度強調しても強調しすぎることはない。

労作時息切れを狭心症のごとく訴える患者もいるので、眼球結膜の貧血の有無や、内頚静脈の大きなa波、右室のheaveIIPの亢進等の右室負荷所見の有無に注意する。

2.左室壁運動障害を有する陳旧性心筋梗塞症例

部分的な左室壁運動障害または多枝病変による多発性の心筋梗塞により左室が拡大すれば、触診にて左室のheaveがみられることもある。その結果、うっ血性心不全となれば内頚静脈が怒張し、S3S4、僧帽弁輪の拡大や乳頭筋不全による二次性僧帽弁閉鎖不全症由来の収縮期雑音が聴取される。多枝病変では、例え収縮能障害が軽微であっても狭心症のみで心不全になり得ることも知識として知っておく必要がある。

3.急性心筋梗塞

急性心筋梗塞における身体所見上の特徴的な所見はない。まず、S3の有無、crackleの範囲によりKillip分類としてI度(S3,crackleなし)からIV度(S3あり、肺全面にcrackle)まで分類する。

急性下壁梗塞では、責任血管が房室結節動脈を灌流していれば完全房室ブロックが生じる。洞調律は維持されるのでので、規則正しい徐脈であるが、心拍ごとに変化するS1や間欠的なS3が聴取されたり、内頚静脈においてキャノン波等の異常所見がみられることがある。右室梗塞を合併すれば内頚静脈が怒張し、Y谷が下降する。

急性の貫璧性心筋梗塞のうち特に前壁中隔梗塞後では、無症状のことも多いが発症後24時間以内に高頻度に心膜摩擦音が聴取される。Dressler症候群では発症後4-6週間で胸痛とともに心膜摩擦音が聴取される。

また、入院時に聴取されなかった収縮期雑音が聴取されれば、急性心筋梗塞症の合併症としての心室中隔穿孔と乳頭筋不全による僧帽弁閉鎖不全症が考えられる。心室中隔穿孔は、前壁中隔梗塞または下壁梗塞で生じ得るが、小範囲の梗塞であっても同部位が瘤状になり他の部分が過収縮になっていれば穿孔する可能性がある(図1)。

乳頭筋不全では教科書的には収縮期後期雑音を呈するとの記載があるが、汎収縮期であることも多く、左房圧が著明に上昇すると、雑音は収縮早期にしか聴取できないことがある。特に、乳頭筋の断裂が生じると急激な左心不全を呈し、迅速な診断治療がなされなければ生存することは難しい(図2)。2つの乳頭筋のうち、前乳頭筋は急性心筋梗塞により乳頭筋不全になりにくいが、後乳頭筋は右冠状動脈または左回旋枝の単独閉塞により一過性のこともあるが乳頭筋不全となり、心不全をきたす一つの要因となる。

急性心筋梗塞に合併した突然出現する収縮期雑音の鑑別として、その他左室流出路狭窄もあり、カラードプラ心エコー図が有用である。その際、ルーチンの心エコー図では、その同定が困難なことが多く、主治医は疑っている疾患につき検査医(技師)と論じることが大切である。

4.肥大型心筋症の身体所見の特徴

肥大型心筋症では、胸痛を主訴として来院することも多く、訴えから狭心症か否かの判定が困難なことも多い。左室流出路狭窄が生じれば、頸動脈の立ち上がりが2峰性となり特徴的な所見を呈する(図3)。胸痛を有する患者で、心疾患の遺伝歴がある若年者や、高血圧の病歴がない中高年者で心電図で著明な左室肥大がみられれば、この疾患を考慮する。

5.大動脈弁狭窄症の身体所見の特徴

大動脈弁狭窄症による胸痛は、かなり進行した状態になり初めて生じ、軽症では生じない。日本では先天性の二尖弁例が少ないため50歳以下でこのような症状を呈する重症大動脈弁狭窄症はまれで、通常65-70歳になり加齢による大動脈弁の石灰化の進行に伴うことが多い。収縮期雑音は、頸部に放散し、脈圧は低下し、頸動脈の立ち上がりは遅くなる(図4)。

6.大動脈弁閉鎖不全症

大動脈弁狭窄症と同様、重症になって初めて胸痛を生じる。重症化は、大動脈弁狭窄症とは異なり、逆流が高度であればどの年代層にでも起こり得る。血圧測定では脈圧の上昇がみられ、内頚動脈では大脈で、拡張期に潅水様の雑音が聴取される。

7.急性大動脈解離

解離が冠状動脈に及べば、心電図でSTの上昇がみられ、心筋梗塞と初診時鑑別が困難なこともある(図5、6)。身体診察で四肢の脈が触知不良であればこの疾患も考慮するが、合併する閉塞性動脈硬化症によることもある。また、逆に症状があれば四肢の脈が触知可能であることはこの疾患を否定するものではない。

 

文献

1.濱口杉大:循環器疾患における順序立てた身体所見の取り方の重要性。 

JIM 19977:1056-58

図説明

図1 心室中隔穿孔を合併した前壁中隔急性心筋梗塞例の四腔像

無収縮領域にカラーシグナルがみえる(LA:左房、LV:左室)、矢印は穿孔部を示す

図2 僧帽弁断裂の経食道心エコー図

収縮期に左房に乳頭筋(矢印)が飜転する

図3 閉塞性肥大型の心音図と頸動脈波形

2峰性の頸動脈波形がみられる(CP:頸動脈波,3LSB:胸骨左縁第3肋間)

図4 大動脈狭窄症の心音図と頸動脈波形

収縮中期雑音と遅脈がみられる

図5

胸痛を主訴とした46歳の男性

II,III,aVfST上昇がみられる

図5

緊急カテーテルでDeBakeyI型の解離性動脈瘤と判明した

(AO:上行大動脈、LV:左室)